太陽光発電システムのすべてが分かる情報ステーション

代表者プロフィール

昭和34年4月 静岡市生まれ。横浜国立大学卒業後、大手電子部品メーカー (TDK)を経て地元に戻り、父親の経営する(株)静岡ホーエー家電入社 。
平成08年娘のアトピーを機に環境問題に関心を持つ。
平成10年 太陽光発電システムと出会い、研究を始める。
平成12年株)静岡ホーエー家電のなかに太陽光発電事業部を設立。
平成15年04月(株)発電マン設立、代表取締役に就任。
平成17年12月太陽光発電システムの正しい普及のため全国の仲間とコンサルティンググループ(株)フォトボルテックの設立に参加。 (平成21年12月をもって取締役を退任)
平成18年04月「発電貯金」ならほっといてもお金がたまる(総合法令) を出版。 太陽光発電システムの正しい情報提供と普及のために全国を飛びまわる。
平成20年06月~平成21年12月  環境関連情報サイト 日経BPエコジャパンで「発電マンの太陽光発電塾」を1年6ヶ月に渡り連載。好評を博す。
平成21年12月中国経済産業局の「海・山・街から始める次世代エネルギー圏域づくり推進調査委員会」の委員を務める。
平成21年12月 「『発電貯金』生活のススメ」(総合法令) 出版。
平成22年05月再度日経BPエコジャパンにてコラム「創エネの疑問Q&A」を連載中

代表者 岩織良弘の略歴

誕生

生い立ち

生まれも育ちも静岡市。

父親は静岡市出身だが、母は山形県の出身。4人兄弟の上から2番目の長男である。

昭和34年4月10日 皇太子殿下ご成婚で日本中が沸き立つその日、静岡市新川町に産声をあげる。

小学校は静岡市立大里西小学校。

3年生の時の先生は三嶽先生といって若い新任の女の先生で生意気盛りの三年生はいたずらを

してよく先生を困らせた。時には泣いてしまったことも。

中学~高校時代

静岡市立大里中学校に進学。

小学校から足は速かったのだが、ただ走るだけのスポーツがつまらなくて中学ではバレーボール

部に。当時「ミュンヘンへの道」がはやっていて「猫田選手」や「大古選手」にあこがれていた。

当時大里中学は岡本先生という有名な先生が監督をしていて結構強かった。

静岡県立静岡東高校へ進学(第13期生)

高校でもバレーボール部へ。運動が大好きで部活ばかりやっていて、勉強がおろそかに。

3年生になってからあわてて勉強しだすも、時既に遅し?

当時共通一次試験が始まったばかりで、一期二期校の時代と共通一次との両方を経験。

浪人時代~大学時代

2浪を経て横浜国立大学経営学部入学。

2浪中に新聞配達なども経験、荻窪の新聞屋の寮になっていた長屋に半年ほど住む。

そこに住む住人のユニークなこと。

赤旗を配るお兄ちゃんと朝まで飲んだり(そのまま朝刊配りました)、

三十路を迎えんとする司法試験受験生から苦労話を聞かされたり、

最後には早稲田に通う貧乏学生の夜逃げを手伝ったり・・・

(選別に渡されたブンタ(セブンスター)の味は格別だった・・・)

ここで人生の縮図を見る。

(当時の東京はバブル前でのどかな時代でした。なんと荻窪に田んぼがあった)

このころのBGMは柳ジョージ。

もしかしたらこのとき聞いた柳ジョージのおかげで横浜に行くことに

なったのかも。

このとき荻窪にできた喫茶店「ライラック」に毎日入り浸る。

(偶然にもここのマスターが静岡市の出身で実家もわが家のすぐ近くだった)

なんと今でもこの店は存在していて、東京に行ったとき時々寄るのだが、

マスターも店もお客さんもみんな年を取った(あたりまえだが)

でもあんな小さな店が激動の東京砂漠で30年も生き延びていることは

奇跡としかいいようがない。

その後、なぜか、確信もなく受けた横浜国大に合格。

2浪で虐げられた生活から自由になり?羽を伸ばし、アルバイトやサークル

(といってもただ飲んでただけ?)にばら色の学生生活を送る。大滝永一がはやる。

学生時代に2度海外へ旅行。

初めての海外はアメリカへ友人のホームステイ先へ泊めてもらいながら2週間ほど滞在した。

カリフォルニア州シミバレーというところで、ここのホストファミリーのお母さんがすごい人だった。

もう当時70歳ぐらいだと思ったが、一人で乗用車を運転し、シミバレーからバークレーまで運転してしまうのだ。

アメリカのユニバーサル・スタジオにて

アメリカのユニバーサル・スタジオにて


二度目は単身でオーストラリア、そのあとニュージーランドへ、両国で約1ヶ月間ユースホステルを転々としながら旅を続けた。宿を決めるわけでもなく、行った先でYHを探しながら行くたびは今風に言えば「自分探し」の旅ということなのかもしれない。
ニュージーランド・クイーンズタウンのYHでであった同居人と。右が当時の本人。若い!

ニュージーランド・クイーンズタウンのYHでであった同居人と。右が当時の本人。若い!


就職は何社か会社訪問をしたが、あまりまじめにやっていなかった。

たまたま受けたTDKの人事担当者が先輩で、この人が非常に「篤い」方だった

ので気に入って入社。(いえ、選べる立場じゃありません。よく入れたものだと思います)

TDK入社~静岡へ

その後当時の磁気テープ(事)の営業として横浜営業所に配属。

しばらくして日本橋の本社企画に配属。当時TDKは音楽テープのCMに

スティービー・ワンダーや桑田圭輔(当時は桑田バンドとして活動)を起用

していて、宣伝部が近くにあったので楽しい思いをさせていただきました。

その後名古屋営業所に配属。当時ここは「セブンイレブン」と言われていて

有名な厳しい営業所長だった。

(朝7時から帰りは11時以降になると言う意味です、念のため)

大竹学校と言われてどんなに遅くまで飲んでも朝7時には会社に来て勉強会を

開くと言うスパルタだった。

(でも所長自ら7時来るすごい人だった。僕にはとてもまねできない)

仕事は厳しかったが、所長始め周りの人は愛のあるいい人ばかりで、

僕にとっては人生で一番楽しかった時代かもしれない。

その後、親の具合が悪いと言う話にほだされて静岡に戻り、当時オープン

したての豊栄家電篭上店店長に就任。

当時、たまたま同じ頃TDKの名古屋営業所をやめることになった女の子

と付き合うようになり、それが今のカミさんとなる。

家電店のほうは順調に業績は伸びて休む間もないほど忙しかったが、バブル

の崩壊とともに次第に業績が頭打ちとなる。

決定的となったのが大手家電量販店「コジマ」その後に「ヤマダ」の進出

だった。その頃、5店舗あった店を急速に縮小。数年の間に最終的には

1店舗に。

究極のリストラを経験すると同時に、その頃はじめて「太陽光発電」を

知り何の意味もないのに勝手に「これは私の仕事だ」と思う。

今から思えば単に苦しい家電からの逃げだったのかも。

太陽光発電との出会い~現在

とにかく、いずれ家電店でも太陽光発電が売れるようになると勝手に

確信し、1999年にシャープの研修に参加。

研修から帰ると同時ぐらいに偶然にも一台売れてしまい、またまた

「これはいける!」と思ってしまったのが運のつき、まさかこれほど

長~い苦しみを味わうとは(笑)夢にも思っていなかった。

あまりに時代の先を行き過ぎていた、といえばかっこいいが、単に商売

を考えず趣味に走ってしまったに過ぎない。典型的な浅はかな素人といえよう。

しかし、走り出した以上止まるわけには行かなかったし、変な使命感もあり、

なんとか売りづらい太陽光発電が売れないかと試行錯誤がはじまる。

その頃神田昌典氏の実践会なるものに出会い必死になって勉強をした。

もともと大学でもマーケティングを専攻していたので、マスターは早

かったが「太陽光発電」となると話は別だった。

太陽光発電は典型的な訪問販売商品であり、商品ライフサイクルとし

ても黎明期でちょっとばかりのマーケティングテクニックで売れる

ような代物ではなかった。

それでも小冊子なども駆使しながらなんとか売り方をマスター。

市場の情報がないことを痛感し、自ら本を書くことを決意。

2006年4月「発電貯金」ならほっといてもお金がたまる(総合法令出版)

を出版。同時に発電マングループを立ち上げ全国の有料施工会社のネットワーク

をつくる。

しかし、その後日本では太陽光発電の補助金は廃止。

ドイツの躍進を尻目に、日本の太陽光発電は坂道を転げ落ちるように、

国内の需要はしぼんでいく。

2008年、洞爺湖サミットを前にした福田ビジョンによって自然エネルギ

ー特に太陽光発電の重要性が再度打ち出され、その後の経済危機によって、

太陽光発電に温暖化防止だけでなく、経済復興の期待がかけられるように。

2009年1月、ありえないと言われた補助金が復活。

さらなる経済対策が必要になり、固定価格買取制度(FIT)にまで経産省が言及。

アメリカのグリーンニューディールが追い風となり、再び太陽光発電が脚光を

浴びるステージができつつある。

2008年6月から日経BPのWEBサイト「エコジャパン」で「発電マン

の太陽光発電塾」の連載記事を執筆。

2009年静岡の地元FMラジオK-MIXで太陽光発電を解説するコーナ

ーを担当し、普及に努める

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